ラオスのラオ子。

美味しいものと音楽で、Memento Moriな毎日を。青年海外協力隊2018年度3次隊コミュニティ開発隊員の活動記録兼ラオス情報。

応募から派遣まで、青年海外協力隊についてまとめてみました。

さばいでぃー!

 

皆さんこんにちは。ラオスのラオ子です。

青年海外協力隊を志望されている方から

青年海外協力隊自体についてのご質問をDMで頂いたので、

今日はいつもと趣旨を変えて、協力隊っぽい話をしようと思います。

長くなりますがお付き合いください!

 

 

私が協力隊を志したきっかけ

協力隊といえば海外経験豊富な人、というイメージがありますが

(少なくとも私はそう思っていました)、

私の場合、小学~高校まで所属していた合唱団で、

イタリア、ドイツ、スイスの姉妹都市に

友好使節団として行かせてもらった以外は、

海外経験はありませんでした。

私がカンボジアに渡航するとき

家族は誰もパスポートを持っていませんでしたし、

大学の頃はバイクが趣味だったので国内ツーリングばかりしていました。

 

世界ウルルン滞在記が大好きだった小学生のころの私は、

赤土の一本道を泥だらけのバンで進み

知らない言葉の知らない人たちと出会うことに

言いようのない憧れを抱いていましたが、あの頃途上国は私にとって

「テレビに映る人たちが行く場所」「自分にはできないこと」

というイメージでした。

 

そして情報系私立4大で普通に学生生活を楽しみましたが、

この時も海外に行く、ましてや働くなど想像もしませんでした。

それを変えたのは就職活動です。

用意された就活が、あまりに「おもしろくない」。

それが嫌で、本当に「面白そう」と思える会社を探して

カンボジアにたどり着きました。

実は、海外就活と同時進行で、

ずっと興味があったJICAの説明会にも行ったのですが、

その時は自分に出来ることが全く無かったため

「今の自分は国際協力の分野で必要とされている人間ではない」

と感じ、応募しませんでした。

 

そしてカンボジアで2年間働き、いちど日本に戻りました。

この2年の間にカンボジアで出会った、当時大学生の女の子と、

日本に帰ってから一緒に英会話カフェに行ったりご飯を食べたり。

そうこうしているうちに彼女は国際協力の道に飛び込む決意をして、

大学卒業と共に青年海外協力隊としてセネガルに旅立ちました。

彼女の姿が猛烈に羨ましくて、私も何かできないかと思ったところ、

前職での経験が活かせそうな職種を見つけたので応募を決意。

実は大好きな音楽でも1つだけ実務経験を問われない

要請があり、最後の最後まで迷って迷って迷った結果、

少しでも役に立てる可能性がある

コミュニティ開発隊員になる道を選びました。

 

というわけで、ここからは2017年度秋募集の場合の話ですので、

応募を検討される方はWebサイトより新しい情報をご覧ください。

 

協力隊への道その1:書類選考

協力隊になりたい!と思ったらまずはWeb応募です。

通常の履歴書や企業のエントリーシートに書くような内容に加え、

  • 語学力
  • 海外での経験
  • 帰国後のビジョン
  • 職種ごとの設問(技術適合性、経験、知識などを問うもの)
  • 帰国ボランティアの印象に残ったエピソード

などの項目があります。

また、問診表、JICA指定の健康診断書の提出も必須です。

衛生や医療に対する知識も、実際の治療内容や使われる薬も

日本とは全く違う環境で、生き抜けるかどうか、

というフィジカル・メンタル面も審査項目に入ります。

(大げさに思われるかもしれませんが、

私は看護師隊員の先輩方の話を聞いて本当にさぶいぼが立ちました。)

 

職種ごとの設問は、

実際に書いてみると結構なボリュームになりますので、

早めに準備して信頼できる人にチェックしてもらうことを

強くおすすめします。(皆様、その説はお世話になりました・・!)

ちなみにですが、作った書類は墓まで持っていきます。

この記事を書くために久しぶりに引っ張り出したら

恥ずかしすぎて穴に埋まりたくなりました。

 

そして約1か月半後(だったかな?)、

1次試験の合否と共に2次試験の案内が届きました。

 

協力隊への道その2:面接

面接試験は1月初め、都内某所で行われました。

前日夜は高校の親友とチベット料理を食べながら

「これじゃあ調べ学習だね」と面接の一問一答を一刀両断。

しかし彼女は私の扱いを本当によく分かっています。

視野狭窄、というか、盲目になって変な自信を持っている私が

当日の面接で絶望しないように、

あらかじめメンタルをずたずたにしてから

ちょっと褒めてくれる、いわゆる飴と鞭作戦。ええ奴や。

 

そして当日は緊張のあまり、ホテルにネックレスを忘れるという失態。

(連絡したら後日着払いで送っていただけました。。。感謝!)

結構な人数が集まっていましたが、

それでも数日間に分けて行われているようで、面接も1日がかり。

待機中は、問診表・健康診断書について詳しく聞かれたり

書類の不備を直したりしつつ、

  • 技術面接
  • 人物面接

の二種類の面接を受けました。

午前は一発目、午後もわりと最初のうちに面接が終わり

解散までまわりの席の人たちとわいわい話しました。

がちがちに緊張していたところから一気に弛緩して

くきわかめを周りの人たちに配りまくったのは間違いなく私です。

 

「とんでもない圧迫面接だった」と書かれていたブログを読んで

怯えながら扉を叩きましたが、私の場合は全くそんなことは無く、

話しやすい空気を作ってくださったので

こちらも思っていることをそのまま話せて

後悔のない面接になりました。

 

協力隊への道その3:合格から派遣前訓練まで

2月の初旬にWEB上で合格者の受験番号が発表され、

数日遅れで書面が届きます。

それを見るまでは、どの国に何次隊で派遣されるか分からない。

合格したことを知っても、なおドキドキ。

 

そして届いた合格通知を見て、無事第1希望のラオスに

行けることが決まりました!!!

(同じ要請で別の任地、という案件がいくつもあり、

いま書類見返すまでずっと第2希望で通っていたと思っていました笑)

 

3次隊での派遣の場合、試験は9月後半か10月ごろから。

まだ半年以上もあります。

また、訓練が始まると同時に私は無職になります。

バイトをかけもちして恐ろしいほど働き、

その後の生活のために貯金・・・などできるわけもなく、

意味わからないぐらい働いて、

オフの日は旅行に行ったり会いたい人に会ったり、

フェスやライブに行ったり、とにかくやりたい放題やって

訓練開始を待ちました。

 

合格から訓練までの7か月のあいだには、

健康診断や、語学・国際協力についてのE-ラーニングの課題など

いくつかの指示がありました。

語学のE-ラーニングはたいした量ではないのですが、

その後の訓練の事を考えると、しっかり勉強したほうが良いです。

特にラオ語、タイ語、アラビア語のように

アルファベット以外を使う訓練言語は

入所のスタート位置でその後吸収できる量や負担に

大きな差がつくように感じました。

私は文字だけなんとなくで覚えていって激しく後悔した人です。

語学は、なんとなくでは何ともなりません・・・。

合格発表直後の隊次の人たちは

そこまで差はできないかもしれませんが、

訓練まで8か月もあるとなると、

やった人・やっていない人でかなり差ができます。

  • CDつきの「ゼロから話せるラオ語」
  • Kindle版の「指さし会話帳」

の2冊をこの期間に買って、勉強すべきでした。本当に後悔。

(入所してすぐに買いました。)

「ゼロから話せるラオ語」は巻末の索引がラオ語の五十音順、

指さし会話帳の索引は日本語の五十音順なので、

派遣前訓練で習う語彙であれば、

最初はこの2冊で十分カバーできます。

(というか今もこの2冊で大丈夫)

 

協力隊への道その4:技術補完研修(5日間)

そうしてようやく9月の後半に始まりました、派遣前訓練。

その一環として、コミュニティ開発隊員向けに行われた

「技術補完研修」で、同期隊員たちと初めて顔を合わせます。

もっと前から他の研修で知り合いになっている人たちも居て、

「何であんなに最初から和気藹々と話せるんだ!怖い!!」

と怯えましたが、

技術補完研修が無い職種の隊員の人はその後の派遣前訓練で

私たちに対して同じことを思ったそうです(笑

 

技術顧問の先生から文化人類学を学んだり、

先輩隊員の実体験を聴かせていただいたり、

ファシリテーション技法などのワークショップを行ったり、

とにかく濃い5日間でした。

 

 

ここで仲良くなれた人のうち、

二本松訓練所で訓練を受けない人とはここでお別れ。

訓練言語によって二本松、駒ケ根、横浜の3か所に分かれるので

同じコミュニティ開発隊員でもずっと訓練を受けるわけではないのです。

 

協力隊への道その5:自動二輪研修(2日間)

技術補完研修が終わってまた1週間後。

今度は、自動二輪研修を受けます。

要請内容によっては自動二輪の運転が必須のものがあり、

免許を持っていない人は訓練開始までに取得しなければいけません。

わたしは元から大型バイクに乗っていたため、

この2日間はただただ楽しくオフロードでダートを走っただけの

楽しい時間となりました。

 

・・・嘘です。

バイクのメンテナンスや任地の道路・交通事情なども

しっかり学ばせていただきました。

それに、結構本格的にダートを走るので、

免許取りたてだったら泣いていたと思います。

砂利道、砂、泥、大きい水たまり、めちゃめちゃ急な坂などを、

ウィンドブレーカーの上からプロテクターで

がちがちに固めて走ります。

私たちの隊次は10月初旬の研修だったので、

まだまだ日中の日差しが強く、体力的に結構疲れました。

 

 

そしてここでもまた、別の訓練所に行く人とはお別れ。

実はこの時、バイク隊員は次の訓練に必要な荷物を持って

関東某所で訓練を受けていました。

つまりこのまま二本松に行って、70日間の訓練の始まりです!

この大荷物を持っての移動が本当につらかった・・・。

送料ケチらずもっと荷物を送っておくべきでした。

 

協力隊への道その6:派遣前訓練(70日間)

そしてここから70日間の語学訓練が始まります。

語学訓練と言っても、受けるのは語学の授業だけではありません。

  • 06:30~ 朝の集い、ラジオ体操、ランニング、朝食
  • 08:45~ 語学の授業
  • 11:45~ 昼食、委員会など
  • 13:00~ 語学、講義、予防接種など
  • 17:00~ 休憩、班別ミーティング、委員会など
  • 18:00~ 夕食
  • 22:30  点呼

日曜日以外はこのようなスケジュールで過ごし、

70日間で語学学校2年分に相当する授業を受けます。

 

「ラオス語入門」という飛びぬけて高い本をここで購入。

索引が無いのが辛いところですが、

各文法の細かい表現はとても参考になります。

・・・といいつつ、私の語学力は

まだこの本で学ぶに至っていません。

最初から買う必要はないと思います。

 

講義では、国際協力とは何ぞやということから、

ファシリテーション、異文化体験のワークショップ、

途上国での安全管理・健康管理についても学び、

派遣国によって種類が決められているワクチンを週に1回ずつ打ち、

地域の方々にご協力いただき農家や各施設で体験させて頂いたり、

一足先に訓練を終えられるシニアボランティアの方々の

修了式、壮行会、街を散策して成果物を作ったりと、

とにかく内容盛りだくさん。

それ以外にも有志による行事や職種・国ごとの交流会、

誰かの誕生日会などで、休みらしい休みはほとんどありません!

 

 

70日間、本当に一瞬で終わってしまったように思います。

特に、中間試験から最終試験まではあっという間でした。

音楽室に閉じこもっていないで、

もっといろんな人と話しておくべきだった・・・。

もう1度おかわりしたい、楽しすぎた訓練生活でした。

 

協力隊への道その7:派遣前訓練終了から出国まで

派遣前訓練の最終試験合格をもって、

無事「候補生」から「青年海外協力隊」へと昇格した私たちは、

各々決められた出国日までを自由に過ごします。

私の班担当をしてくださった元隊員の職員さんに最後の面談で

「出国までにやっておくべきことはありますか?」と尋ねたら

「とにかく人に会っておくこと」とアドバイスを頂いたので、

年末年始をまたいで派遣までの1か月半で、

2年間会えなくなる隊員同士集まったり、旅行に行ったり、

とにかく色んな人に会いました。

 

そして地獄のパッキング。

 

何回確認しても絶対忘れものするし、ほんとうにこの時間が苦痛。

案の定、語学の先生が私のために作ってくれた単語プリントを

忘れてくるという失態を犯しました。

 

協力隊への道その8:現地語学訓練

 

そして出国日が重なっている隊員のお見送りなんかもしつつ、

国ごとに集まって、いざ出発!

現地に着いたら任国事情のブリーフィングや

銀行口座開設、各種申請書類の作成などの後、

3週間の語学学校通いが始まります。

その間に2泊3日のホームステイも。

このあたりは行く国のJICA事務所によるので、

語学訓練中に任地を訪問している国もあれば

ずっとホームステイする国もあります。

 

 

そうしてようやく、任地への出発の日。

弱音吐く隙も言い訳する余地もないほどストイックに勉強し、

初歩的なことばかり聞いても分かり易く教えてくれて、

語学訓練中から自分のフィールドの人脈をつくり、

私が言い出しっぺで料理してても洗い物ひとつ残らない、

2クラスに別れて授業を受けていた70日間の訓練では

見えていなかった、皆の尊敬できるところが

たくさん分かってきたころにやってくる別れ。辛すぎか!!

 

 

協力隊、ようやく任地へ

 

 

現在は、ビエンチャン県の県都、ビエンカム郡の

産業商業局販売促進課に配属され、

毎日みんなでご飯食べたり、おやつ食べたりしながら、

日々少しずつですが活動のベースを作っています。

 

SNSで世界中繋がっているこのご時世、

隣の芝が青くてふさふさに見えてしまいがちで

最近「これでいいのか?」と考えたりしました。

ですが、ここ数日、ワケあってたくさんの同期隊員と

連絡を取れる機会があり、色んな人と話しているうちに、

またパワーをもらえたような気がします。皆ありがとう!!

 

考えてみたら、悩むほど何もできてないし、

今から頑張ります。ぼちぼち、きりきり、頑張ります!

 

訓練で感じた、3次隊でよかったこと

応募ボタンをクリックしてから任地に来るまでに、

1年4か月かかりました。

もっと早く行きたい人は1次隊・2次隊の募集がある職種に

応募するのが良いかと思いますが、

3次隊でよかった~!と個人的に思うこともたくさんあるので

その中の一部をご紹介します。 

 

その①安達太良山の紅葉と雪景色がとにかく綺麗

 

訓練が行われる二本松は、安達太良山のすぐ近く。

ちょうど閉山間際から訓練が始まるため、

訓練始まってすぐのレクとして皆で登山する生活班も。

(わたしは委員会のため参加できず。辛い・・・)

燃えるような紅葉と雪景色を楽しめるのは3次隊だからこそ。

新雪にテンションあがってタンクトップで雪合戦した日が懐かしい!

 

 

また、私の居室からの朝日は本当に最高でした。

雲海が広がる二本松市を一望できるロケーション。

朝焼けに染まった部屋で目を覚まして

雲海を見ながらラジオ体操した日々を、私は決して忘れません。

 

その②温泉が気持ちいい

訓練生を癒してくれるのは、30分ほど山道を歩いたところにある

「岳温泉街」でした。

温泉に入って体を芯まであたためたあと

美味しい温泉饅頭やソースかつ丼をいただく時間、プライスレス。

 

逆に、3次隊だから辛かったこと

その①とにかくヤツの量がすごい

ヤツってもう、あれです、潰すと臭いアイツです。

小さいのから大きいのまでいっぱい出ます。

これも訓練の一環なのかと思うぐらい大量に出ます。

部屋で勉強してても授業中も、どこにいても、

小型機みたいな音を出しながら旋回してます。

最初は触るのも嫌だったアイツを、

気が付いたらティッシュでくるくるポイ。

こうして皆、強くなっていくんですね。

 

その②待機期間が長い

訓練終了から出国までの1か月半、というか、

訓練が始まる前からすでに無職・無収入なわけですから、

お財布はどんどん薄くなっていく一方。

期間が長い分色んな人に会えて嬉しい反面、

せっかく叩き込んだ語学がどこかに飛んでいってしまい

「早く現地行かせてください~~~」と何度も思いました。

 

そして、あの119人で訓練できて本当によかった!!

という一番の本心も最後にそっと添えておきます。 

 

まとめ

1年4か月分、ぐだぐだ書いたら長くなりました・・・。

試験や訓練、まとめてみると色々やってたんだなあと

今になってしみじみ感じています。

 

社会に出ると、100人を超える人たちと一度に仲間になれる機会や

こんなに集中的に何かを学ぶ機会はなかなかありません。

「独立国家作れるんじゃない??」と思うぐらい

多種多様な人材で溢れる訓練所での毎日が、

刺激的じゃないわけがない。

同じ生活班には、「シニアボランティア」という枠で参加されている

人生の大先輩もいらっしゃって、

生活班ではいつも同期隊員として気軽に接してくれるのに

時折見せつけられる絶対的な経験値の差や、

自分の人生だけでなく人の人生にも責任を持って生きてこられた人の

包容力の大きさを感じて、「越えられない人」という気持ちになったり。

私なんかでよかったのかどうか、といまだに思いますが、

そんな先輩方の一足先の修了にあたりお礼の言葉を述べさせて頂けたのは

訓練期間で一番プレッシャーで、一番光栄なことでした。

大先輩との日々を思い出して一人泣きながら原稿を作り、

門限の時間まで講堂で泣きながら練習し、

当日の午前中の授業は何も頭に入らなかったけど(笑)、

この時間は私だけのもんやって思ったら、

こんな機会を頂けたことに感謝しかないです。

 

会社で、お金のため、会社のために働くのとは全然違う感覚で、

任地に行ってからの自分のため、一緒に活動する人たちのために

皆で支え合いながら研修や訓練を受けた日々が、

2年間を支えてくれるいちばんの原動力になります。

「協力隊になってよかった」と思えるかどうかは

今後1年8か月の活動によって大きく変わりますが、

とにかく今はこうして任地で活動を始められたことに感謝して、

1日1日、ゆっくりのんびり、丁寧に関係づくりをしながら、

生産者さんや局の人たちとの時間を過ごしたいです。

 

これで、わたしの「応募から派遣まで」の

ざっくりとしたまとめ、終わりです。

「協力隊って実際どんな感じで任地に行くんだ」と思われている方に

少しでも参考になれば嬉しいです。

 

 

 大好きだった、自分の部屋から望む二本松の朝焼け。

 

そんな皆のブログです↓

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